黒澤明生誕100年記念画コンテ展:東京都写真美術館

2010年9月7日
恵比寿の東京都写真美術館で開催中、
「黒澤明生誕100年記念画コンテ展 映画に捧ぐ」へ行く。
 
黒澤明生誕100年記念画コンテ展
 
映画界の巨匠黒澤明は、18歳のときに二科展入選を果たすほど、
絵画の才能にも恵まれていた方だったそうです。
世界の黒澤が残した数々の画コンテを一同に見ることができる展示会が
東京都写真美術館で開催されるということで、足を運んできました。
 
画コンテ一枚一枚に、驚くほど緻密な色彩やビジュアルが書き込まれていて、
黒澤監督はよく言われているように、完璧主義者だったんだろうなと見て取れました。
映画のわずか1シーンのコンテを描くのに、
どれだけの時間をかけてきたのか、それを想像するとぞっとさせらます。
しかもそれが一枚で終わりでなく、
展覧会がこうして催されるほどの数が残っているのだから、なお凄い。
とはいいつつも、これだけの綿密な画の計画が事前にあるからこそ、
世界を驚かせる作品を撮ることができるのだろうなと、そんなことも同時に感じました。
 
個人的にいいなと思ったのは、
マーティン・スコセッシが今回の展示のために出展したという画コンテ。
映画「夢」のエピソード「鴉」で、
マーティン・スコセッシがゴッホの役を演じた際に使用されたものだそうです。
会場では、この画コンテが続き物の絵のように並んで展示されていて、
1枚目は簡単な線だけで描かれたものなのに、
2枚目、3枚目と徐々に色が加わったものへと変化していき、
最後の画コンテには、ゴッホの「種を蒔く人」のような
鮮やかな黄色の世界が描かれているといった具合で、
知らずに知らずに美しい映画のストーリーを追っている感覚に陥りました。
 
知っている作品だけでなく、未映像化作品の画コンテも幾つか展示されていました。
「飛ぶ」という作品の画コンテを見ましたが、
これを黒澤が映像化していたらどんな映画が生まれたんでしょうね。
 
 
東京都写真美術館
黒澤明生誕100年記念画コンテ展の垂れ幕
 
黒澤明生誕百年記念特別上映企画
併設の映画館で黒澤明の映画上映も行っているようです
 
「影武者」武田屋形・御裏方・一室(部分)
「影武者」武田屋形・御裏方・一室(部分)
 
「夢・飛ぶ」私の影に呼ばれる私
「夢・飛ぶ」私の影に呼ばれる私
 
 
覚え書き
・「絵コンテ」でなく「画コンテ」というのは、こだわりなのかな
・当たり前かもだけど、画コンテの主役は人間描写であることを実感
・「影武者」を映画化するにあたっては、
 ルーカスやコッポラの多大な協力があったそうですが、
 「影武者」に関連した黒澤の言葉が良かったので書き留めました。
 以下参照:
 
 私は、この「影武者」のシナリオが出来上がってから、
 その映画化のために映画会社といろいろ交渉していたが、
 予算の面で意見が大きく喰い違い、
 このシナリオもまた闇から闇へと葬られるのかと半ばあきらめていた。
 私は、この「影武者」の前にも二本のシナリオを書いていたが、
 予算や内容が請入れられず、映画化されずに闇に葬られた。
 その間、私の貴重な年月、三年間は映画監督として無為に終わった。
 また、この「影武者」もか!
 この「影武者」に託した私のイメージもまた誰の目にもふれずに葬られるのか!
 そう考えると、私はたまらなくなった。
 せめて、そのイメージをフィルムにできなくても、動かぬ画であろうとも、
 世界中の人達に見て貰いたいと思った。
 そして、私は毎日机に向かって、そのイメージをこつこつ描き始めた。
 幸い、そんな画が二百枚に達する頃、映画会社との交渉も成立した。
 しかし、その裏には、これらの画を見た人々の強力な支持があったからである。
 もちろん、私はそれを意図して、これらの画を描いた訳ではない。
 私は、ただ、この「影武者」と言うシナリオを
 映画にしたいと言う執念でこの画を描いただけだ。
 そして、それを解ってくれる人達が日本の映画界にもまだ居たと言う事である。
 そういう人達が居る限り、日本映画は絶対に死にはしない。
 私は、それを知って、身が引き締まる思いだった。
 下手な画だが、描いてよかった!

   ー黒澤明 1979 講談社「影武者」序よりー
 
・ちなみにこの前、同時開催中の「私を見て! ヌードのポートレイト」を見たけど、
 こちらの展もなかなか見応えがありました